きたらそのときどけばいいじゃないの、折角芝居見るのに!
 男は、「ブジョンヌイ行進曲」を口笛に吹き、どっかバルコンの方を見ていたが、やがて、
 ――お前ここに坐っといで、じゃ。――今日は女の日だから女ならいいだろ!
 元の扉のところへ戻ってしまった。女は一寸膨れ、手提袋を出して鏡に自分の顔をうつした。その鏡にはヒビがいっている。
 日本女のすぐ後に、小さいピオニェール少女が二人で一つの椅子をかついでやってきた。そして赤い襟飾を並べ、そこへかけ合った。日本女はピオニェールカに訊いた。
 ――今夜誰が芝居やるの?
 ――知らないわ。
 もう一人の小さい方が、
 ――トラム。
と答えた。
 ――どうして知ってるのお前?
 これは知らないと云った方のピオニェールカだ。
 ――張り紙よんだよ……
 トラム(劇場労働青年)はモスクワとレニングラードにある純粋に労働者出身の劇団である。団員はみんな若いコムソモールで、共同経済と厳重な規約の下に階級的な集団生活をやっている。そこへ加入するには必ずある一定の期間実際生産労働に従事した者でなければならないのである。レーニングラード・トラムは自身の劇場をもっ
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