に補助席だ。たちまち、舞台横の開いた扉の辺に幾重にもかたまっていた若い男女がそれに向って雪崩《なだ》れ、素早く腰をおちつけた者が三四人ある。
 四十を越した薄色の髪の監督はあわてて手をふりながら遮った。
 ――タワーリシチ! ここへ坐っちゃいけない。ここへは委員が来るんだ。そのために入れたんだ。
 ――どんな委員さ!
 ――本当にここは空けとかなけりゃならないんだ。
 ――おい。
 背広上衣の下へルバーシカを着た一人が仲間をうながした。
 ――立てよ。
 若い男二人は立ってしまったが、日本女のすぐ前へ腰をかけた女はそのままベンチのよりかかりに背中をおっつけて動かず、扉の方へ盛に手招きしている。そっちに、ズボンのポケットへ手を入れた伴れの男がよりかかって立っている。
 ――どうして? おいでよ、よ!
 捲毛のおちている首筋を、よ、よ! と強く動かしつつ呼んでる。男は黙ってイヤイヤしていたが、女があまり云うとベンチのところへきて、低い声で然しきっぱり云った。
 ――止めろよ、工合がわるいや。
 ――どうして?
 下から男を見上げ、女がまわりによく聞えるような鼻声で云った。
 ――もし委員が
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