覚えに知っている外国帰りの夫人の名をあげたりして、苦笑した。父様だってというのは変よ、その時宏子はそう云った。
 瑛子はどちらかというと大きい声で物を云うたちであった。それだのに、今客間は、ひっそりしていた。宏子は、不自然な気がして、苦しい心持がつのり、いっそ帰ってしまおうかと置時計の方を見た。その時間からではもう寄宿の食事もなかった。
 洗面所へ行って、宏子は髪をかきつけながら、明るい鏡の面に映っている沈んだ自分の顔を検べるようにじろじろと永い間眺めた。自分は嫉妬しているのであろうか。宏子にはそう考えられなかった。宏子は田沢が始っから好きでなかった。宏子さんがどうこうと田沢が云ったと批評らしい言葉を瑛子がつたえると、宏子はよく、
「ふうむ」
と云ったきりであった。田沢はたしかに泰造とも、順二郎とも、宏子とも、瑛子自身とも違った部類の人間であったが、その違いは、ましなもので異っているのだと宏子には思えなかった。ドイツ語だの、哲学だので外側から身ごしらえしている。人為的人間。宏子は日頃そう思って、自分から進んで会おうとさえしなかった。寧ろ軽蔑を感じているものに、瑛子が、惹かれているように
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