あたりばったりのように買ったトルストイの新しい角度からの評伝が面白く、文学というものが別な光りに照らされて宏子の前にあらわれた気がした。そういう、文学についての本が欲しい。それには、はる子も大して知識がなかった。宏子はプレハーノフ「文学論」ファジェーエフ「壊滅」という二冊の本を買った。
今度は玄関があいていた。沓ぬぎの上に、母の草履と並んで男靴が揃えられてある。
「お客様?」
「田沢さんが奥様と御一緒にいらっしゃいました」
「…………」
「あのお客様と西洋間にいらっしゃいますから」
そっちへ行かず、宏子は居間の方へ入った。
「申上げましょうか」
「いい、いい」
さっき往来で見たように思った母の横顔の印象が甦って来た。田沢の来ているのが田沢の側からの偶然というばかりではないように思え、宏子は自分の推測がそんな風に動かされるのが辛かった。この間の晩、夜中に起きて物を書いている宏子のところへ来た時瑛子は泰造が田沢の出入りについて感情を害していて困ると娘に訴えた。瑛子はその時、
「父様だって、正田さんの細君が来た時は、一遍入ったお風呂にまた入ったりなすった癖に」
と、何年か前、宏子がうろ
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