見える。そして、父の留守の父の誕生日に来ている。宏子には、それも苦しいのであった。しかも、この心持を、田沢が知ったら、蒼白い頬を歪めて、それは宏子さんが何と云っても嫉妬しているのです、と穿《うが》ったように云うであろう。宏子は二重に腹立たしかった。
硝子戸をあけようとすると出会い頭に、
「おや、姉ちゃん来てたの」
入って来たのは、順二郎であった。
「――順ちゃんいたの?」
「いたさ」
「どこに」
「僕の部屋に――何故?」
「田沢さんが来てる」
「ふーん……僕ちっとも知らないよ。――なアんだ、そうか」
と云った。食卓の仕度が出来ていた。大きいテーブルの上へ、二人分だけ寂しく片すみによせて並べてある。宏子と順二郎とはそれを見おろして、何となくそこへ突立ったままであった。
「お母様はどうなさるの?」
宏子がそこにいる女中にきいた。
「さあ」
「伺っといで」
戻って来て、
「お客様とあちらで召上りますそうです」
順二郎が、ふっくりした素直な顔の上に乱れた表情を浮べ、姉を見た。
「変だな――何故……」
突ったったままで宏子が、非常にきびしい声で云った。
「奥様はこちらであがっていただ
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