この硝子をあけて、宏子は家へ上った。台所へ行って、
「今晩お父様御飯におかえりなの」
と訊いた。泰造は、一昨日から山形の方へ出張しているのであった。
「母様は?」
「晩御飯におかえりになりますそうです」
 持って来た薔薇の花を、宏子は独りで活け、父の書斎へ持って行った。西洋間へ行ってレコードを暫くきいていた。それでも、宏子の心には何か落付かないものがある。宏子は、いつもより小さく緊ったような顔付をして、家じゅうをぶらついて歩いた。
 自分の部屋になっていた小部屋の襖をあけて見たら、そこは雨戸がしめきりで、積み上げられている帽子の古箱の形が朦朧《もうろう》と見えているばかりであった。客間の障子をあけて見て、宏子は、驚きを面にあらわした。いつの間にか実生で軒をしのぐ程斜かいに育っていたパジの若木の黄葉が石の上に散りかさなっている。それはよいとして、はじめは燈籠の下あたりにだけあったに相違ない低い笹が、根から根へひろがって、左手の円いあすなろう[#「あすなろう」に傍点]のところまで茂っている。冬がれのきざしで、それらの笹の葉は小さいなりに皆ふちが白ずんでいる。荒々しさが地べたから湧いて迫って
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