から自分の誇りのためにだけでもそういうことはしないわ、良心のためじゃないの」
 自由時間のとき、三輪はテーブルの上から新しく買って来たらしいレコードをとりあげ、
「ちょっと踊って来ない?」
と宏子を誘った。
「登誉子さんでも誘いなさいよ」
 小一時間ばかり経つと三輪が、はる子と連立って来た。
「あなた、特別ここへかけさせてあげるわ」
 三輪は、枕のところへフランス人形を飾ってある寝台の上に、片脚体の下へ折りこんだ形で坐っている自分のわきのところをたたいた。
「ありがと」
 そのまま宏子のところへよって来て、はる子が、
「ちょっと、ハードル、ね」
と云った。
「――じゃ、都合わるかったらブラインドを下げて置く。いい?」
「三十分ばかりよ」
 はる子は、骨組みのしっかりした肩を動かして窓をあけると、框《かまち》へ手と足とを一どきにかけるような恰好をし、もう身軽く外の闇へ消え込んでしまった。宏子は、変な空虚の感じられる開っ放しの夜の窓の前に佇み、闇に向ってきき耳を立てた。はる子が目ざして行った西寮のあたりから、井戸のモータアの音がして、四辺はまとまりのない低いざわめきに満ちている。三輪が寝台
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