「……これから伯母さんの家へかえったってつまらないし……あなたのお部屋へでもよって行きたいナ」
「いらっしゃいよ、かまやしないから」
「うるさいんだもん……」
 砂利の敷いてあるところを寮の方へゆっくり歩いて来る途中で、訳読を受持っている戸田がむこうから来た。何かの帳簿を二冊ばかり交織スーツの脇の下にはさみ、大きい鉢植のシクラメンを両手でもっている戸田は、宏子たちが目礼すると、ひどく砕けた口ぶりで、
「どうです、綺麗でしょう?」
 そう云いながら手の鉢を持ち上げて見せるようにし、眼尻でにっと笑って、力のある足どりで行きすぎた。
「…………」
「――でも、なぜあの先生、いつもああ、お愛想がいいんだろう、妙で仕様がない」
「…………」
「三年の川原さんての、親類なんだってね」
 それは宏子に初耳であった。
「そうお?」
「そうだってことだわ。川原さん、あすこの家から通学しているんですもの、それでいてなかなかあのひとやってるでしょう?」
 門の外まで喋りながら宏子は登誉子を送って出た。バスを待っていると、西寮の舎監が、着流しに帯つきの姿で、四五人の予科の生徒と一緒に出て来た。かたまってバスを
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