くやっているよ。夕飯にはかえるはずだけれど……」
「達ちゃん手紙よこして?」
「ああこないだ順二郎のところへハガキをよこしたようだよ、仙台辺はもう大分朝晩さむいらしいよ」
 欠伸《あくび》にならない欠伸を歯の奥でかみころしながらのような声の調子で、瑛子は、
「あのひとは、何ていうんだか、熱がないっていうものか、何しろ電気一点張りなんだから」
と、長男のことを云った。
 鶴見の総持寺に在る墓地には、加賀山の四人の子供が祖父母の墓のよこに並んで埋められていた。その小さい墓碑の一つ一つの裏に瑛子は自分で和歌を書いて刻らせているのであった。
「何しろ、母様はこわい人だからね。おとなしければ、じりじりなさる人だし、余り熱があればあったでぶつかるんだし……わかっていらっしゃる? 自分で――」
「――どうも、そうらしいね」
 瑛子は、濃い睫毛をしばたたき、年に合わせて驚くほど肌理《きめ》の艶やかな血色のよい頬に微かな満足気な亢奮を泛べた。
 実の母娘の間にある独特な遠慮のない自然さ。それと絡みあって親密な一面があるだけに却って消えることのなく意識される二人の気質の異いから来る一種のぎごちなさ、間隔の
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