しのところから、宏子が外套の上から照らされながら静かな屋敷町の通りを歩いて来た、十月の青空が見えている。隣の庭の銀杏の梢もすこし見えた。宏子は、
「すこしあけようじゃないの」
と窓へ手をかけた。
「却って外の方が暖いくらいよ、今日は――」
「私は御免だよ」
中央に大きいテーブルがあり、瑛子はその一番奥の端を自分の場所ときめている。宏子は、その右手にある父の座布団の上に坐った。
紅茶を半分も飲んだ頃、これで一息落付いたという風で、瑛子は、
「どうだったの?」
改めて娘の顔を見た。
「別に変りはなかったんだろう?」
そして、ベージュ色に細い赤線をあしらった地味なスウェータアに包まれている宏子の胸のあたりを眺めまわした。
変に幅のひろいような、ねばっこいようになったその視線を散らそうとするように宏子は覚えず身じろぎした。
「私の方は相変らずだわ。こっちはどう? 順ちゃんは?」
「ああ、あの人は相変らずでね」
二重瞼の切れ長な瑛子の眼ざしは再び変化した。東京高等の学生である次男の噂をする時にだけ現れる熱心な、愛着の色が燦いた。
「本当に、純真な人だ。――この頃はドイツ語の勉強で、よ
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