「そうだね」
つづいて天井の燈をつけようとしたら、瑛子は、
「眩しいからおやめよ」
と止めた。母は涙をこぼして泣いているのではなかった。けれども、何か苦しそうである。心が苦しそうに思われる。その苦しさが肩や頸のあたりに現れている。それは、一種肉体的な苦痛の感じを宏子の中にもよびさますのであった。
「――眠れなかったの?」
「――お父様のやきもちには困ってしまう……」
瑛子は、考えにとりこめられている口調で、床の上に目を落したまま云った。
五
駅はごく閑散で、たまに乗り降りする客の姿が、改札口からプラットフォームの上にまですいて見えるようなところであった。朝夕だけ、どっと混み合い、田舎っぽいバスが頻りに駅前を出たり止ったりした。そして、一つの学校の遠足のような趣に、同じような年頃の、同じような通学服姿の女学生達の、おとなしい、だが圧力のこもった波をその辺に溢れさせた。その時刻がすぎると、バスまでも緊張をゆるめ、僅かの乗客を車内にいれて、かるい後部をのんきにふりながら、短い駅前の町を抜け、軽鋪装をほどこされた道を桑畑と雑木林の間へ進んで行った。
町を出てからは、
前へ
次へ
全52ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング