いけない」
やっぱり膝をゆすりながら、順二郎が、
「姉ちゃんは、よく考えている」
と云った。
「よく勉強してる――」
宏子の爽やかな顔に赧みがのぼった。
「勉強じゃないわ。――ただね、私のここんところに」
左の手のひらを宏子はきつく自分の胸に押しあてた。
「何かが在る。それがじっとしていないの。分るだろう?」
姉弟は、さっきと同じ灯の下ではあるが、暗《やみ》と光とが一層濃さを増したように感じられる夜の小部屋の雰囲気の中に、暫く黙ってかけていた。
「――でも私たち三人、何て、面白いんだろう」
人のいい笑顔になりながら宏子がその沈黙を破った。
「達兄さんはああいう人だし――順ちゃん知ってる? 達兄さんにね、いつだったか、兄さんはどんな友達がつき合いいいのってきいたら、そうだね、生活のレベルが同じのがいいなって云っていた。――順ちゃんは順ちゃんで、何しろ天使まがいなんだから、逆さで生まれた私なんかともしかしたらちがうのかもしれないね」
二人は声をあわせて笑った。順二郎は父親の泰造が数年外国暮しをした後に生まれた子であった。瑛子は彼を懐姙したとき、丁度良人が外国から買って帰った聖母
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