「…………」
「知らないの?」
直接それには答えず、順二郎は、若々しく柔い顔の上に、真率な、苦しげな表情を泛べて云った。
「――僕、議論のための議論みたいなの、いやなんだ。めいめいが自分の利口さを見せようとして喋ってるようなのきいてると苦しくなる」
宏子の心にも、この言葉は触れるものをもっていた。どこかでは、宏子自身の或る面について、つかれた感じもあるのであった。しかし――
「それっきりだろうか」
「…………」
「どう思う? それっきりだろうか。そりゃたしかにそういうのもいる。だけれど、本気に自分たちが書くべき新しい歴史というものを考えて努力している者だっている。そうじゃない? もし旧い時代から一歩も出ないで生きるのなら、何のために私たちは子として生れて来たのさ。何処に親より二十年も三十年もあとからこの世に出て来た意味があるのさ。キプリングがダブリン大学へ行ったときね、学生に向って第一に云ったことは、私は君等を嫉妬する。そう、深く嫉む。何故なら君達は、若いから。そう云う言葉を云ったんだって。――本当に未来は我等のものなり、だし、我らは未来のものなり、なんだと思う。だから、妥協しちゃ
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