のずから微妙な違いがあった。同じような丸顔で、同じように特色のある上唇の線をもっていながら、順二郎の表情全体には快活さにかかわらずどことなく奥へ引こもった印象が漂っていた。宏子の碧っぽく澄んだ眼や口許には、見たいものは見、云いたいことは云わして欲しいというような一種熱っぽいものが、さっぱりした皮膚の血行とともに湛えられているのであった。今晩は、宏子のその眼の裡に苦しげな色がある。
 ノートや辞書がきちんと整理され、デスクの向板のところには高校の時間表を細長い紙に書いて貼りつけてある有様を宏子はしげしげと眺めていたが、
「順ちゃんは几帳面だなあ」
と、歎息と感服とを交えたような声で云った。そして、
「ね、順ちゃん」
 弟の顔を見上げ、訊ねた。
「あなた何故寄宿へ入らないの?」
 順二郎は、体の大きさに合わしてどっちかというと子供っぽすぎて見える柄の紺絣の膝をゆすりながら、
「――家から通えるんだもん」
「そりゃそうだけどさ――順ちゃんは寮生活をして見たいとは思わない」
「特別やって見たいとは思わない」
 宏子は暫く黙って、自分の断った髪のうしろを撫でていたが、
「私はそとへ出てよかったと
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