思う」
 はっきりとした調子で云った。
「自分が生れて、育って来た中にばっかりいたんじゃ、そこがどういうところか見えないもん――私はその点で大変よかったと思ってるわ」
 宏子の顔に、幾分遠慮がちな、しかし知りたい気持を制しかねる表情があらわれた。
「順ちゃんのようなひとは、これまで一遍も家から出たいなんて思ったことはないのかしら……ここの生活がそんなに自分と調和してる? そこが私には不思議なの」
「どっからどこまで調和してるなんて、そんなことないさ。だって……」
 言葉をかえて、順二郎は続けた。
「そんなこと云や寮だって同じじゃない? やっぱり人間がいるんだもん――僕、場所より自分の気持が主だと思う」
「じゃあね、順ちゃん、こういうことはどう? 順ちゃんは東京高等へ入ったお祝に、あんな温室をこしらえて貰ったわね。そういうことはどう考えてる? そういう扱い、そういう扱いをされている自分、それをどう考えている?」
 順二郎は灯の下で首をねじって、凝っと自分に注がれている姉の眼を見まもった。やや暫くして、低い沈痛なところのある声で、
「そんなに悪いことだろうか」
とききかえした。宏子は、愛情
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