》ざらっとした重みのある声とが両方から一度にぶつかった。
「ふ、ふ、ふ」
はる子はうれしいことがあるように見えない電話の中から笑った。宏子は、
「どうだった?」
と、送話口へ一層近よった。
「これから帰るところなの?」
「ええ、これから省線へのるところ。そっちはどうしているの?」
「――ふーん」
「じゃ、あした」
はる子が事務的な調子をとり戻して電話をきりかけた。
「あしたまでに、あれ、書くもの、忘れないでね」
順二郎が立ち上ると、宏子は、
「ちょっと、くっついて行ってもいい?」
下から弟の顔を見上げながら訊いた。
「勿論、いいよ」
絣の筒袖を着て、黒メリンスの兵児帯を捲きつけた大柄な順二郎が、一段ずつ階子をとばして登ってゆく。うしろから、宏子は片手で手摺を握り、わざとその手に重心をもたせて体を反らせるような恰好をしながら、ゆっくり、ゆっくり跟《つ》いてゆく。順二郎の部屋として特別なところがあるのではなかった。二階の客間の裏に水屋がある、その北向きの長四畳を使っているのであった。
手前の座敷を暗がりで抜けて、順二郎は小部屋のスウィッチをまわした。左光線になるような位置にデ
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