き出しに娘の前もかまわず憤っていたことより、母が理窟はともかく平常のように堂々と正面からそれへ怒りかえさず、変に滑らかになって、わきの方からどっかを下へひっぱるように物を云っていた。あの時の美しく艶やかだった眼差しやひきのばした声の調子などが、宏子には、何か卑屈さに似たものとして感じられ、それと母とを結びつけると、感覚的にいやな心持がするのであった。華やかな電燈の下で、今その母がゆったりと正面に座をかまえ、白い顔に何もなかったような風で女中に物を命じたりしている。それも宏子を板の間に出す気分である。
 下げていた頭をもち上げ、若い馬が何かをうるさがって鬣《たてがみ》をふるうように宏子が柔かい断髪をふるった途端、電話のベルが鳴り立った。
 待ちかねていたので、却ってどきりとした顔で、宏子は電話口にとりつき少し背のびをし、
「もし、もし?」
 地声より低い声を出した。
「ア、もしもし、そちらは小石川三三七五番ですか、公衆電話です」
 遠くの方でジリーンと音がし、お話し下さいという交換手の声が終るや否や、
「もしもし」
 早口に云う宏子の声と、
「あ、あんた?」
 そういうはる子の稍々《やや
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