割かた自由に家の出入りをやってるらしいから頼むのよ、いいでしょう?」
と、もとより宏子が拒まないことを信じている口調で云った。行きかけたのを小戻りして、
「――責任もってね」
更めて小声で囁《ささや》いて去ったのであった。
宏子は、ベージュ色のスウェータアの下のところを、組み合わせた手へ巻き込むような工合にして、頭を下げ板の目かずを数えるように靴下の上にソックスを重ねてはいた自分の足のたけだけを一直線の上にかわるがわる踏んで狭い場所をゆきつ戻りつしている。扉一枚の彼方の台所は忙しい最中であった。物を刻む庖丁の音に混って、
「アラア、ちょいと八百金まだなのオ」
という声がする。
電話を待つ緊張と、畳廊下での親たちの諍《いさか》いの印象とが宏子に人と喋るのがいやな心持を起させているのであった。宴会があって、泰造は一時間ばかり前出かけた。それより前に田沢は帰った。瑛子は、田沢が来たとき着かえた観世水の羽織を着て、食堂兼居間のおきまりの場所に、大きい座布団を敷いて坐っている。何だか宏子は、そのわきに坐っていたくないのであった。非常に漠然とした、だが重い後味が宏子の胸にのこされた。父親がむ
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