四

 灰色っぽい漆喰壁のところに横木が打ってあって、そこから小型黒板が下っている。白墨を丁寧に拭きとらない上から、乱暴に、渋谷、谷田様より午後一時電話と書生の字でかいてある。その横の壁のうんと高いところに銀三四九〇とアラビア数字で白墨書きがあり、気がついて見ると、その電話のまわりには、謂わばところきらわず、がさつな事務所にでもありそうに番号変更の紙を貼りつけたり、番号をかきちらしたりしてある。板の間の天井から燭光のうすい電燈がついていて、その下を行ったり来たりしている宏子の姿を、鈍く片側のガラスの上に映している。宏子の心持の九分は、電話のかかって来るのを待っているのであった。休日にかえって来る時、はる子が、今日夕方の六時までに万一電話をかけなかったらばと云って頼んだことが二つあった。電話がかからなければ宏子は大急ぎで寄宿へ戻らなければならなかった。そして、はる子と約束したことを、必ず果さなければならないと思っているのであった。はる子は、それを頼んだ時、同輩ではあるけれども、或る方面での経験では先輩であるという確信をはっきり瞼のくぼみめな顔にあらわして、
「あなた、
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