簡単な言葉で、渡した文書について説明した。それから、もう一度腕時計を見て、
「じゃこの次はいつにしようか?」
「私の方は土曜か日曜なら」
「毎週じゃいけないだろう。――定期は一週間おきにということに大体きめておこうか。それでいいだろう?」
「ええ」
「いろいろいそがしいだろうけれど授業はやっぱりちゃんと出るようにね、やっぱりそういう点でも信頼がなくちゃいけないから……」
重吉はこまごまとした注意を添えて、次に会う場所と時間とをはる子に教えた。最後に勘定書をとりあげて重吉が立ち上ろうとした時、はる子はあわてたように、
「ああそれはいいんです」
と云った。
「私が払うから」
さっき往来で歩きながら浮べたと同じような自然な微笑が再び重吉の顔の上をてらした。彼は青年らしく健康な歯並を輝やかしながら云った。
「いいよ。この位平気だよ」
「――じゃ、これ」
はる子は、カーネーションの花かげに置かれた薄い本包をしっかり脇にはさんで自分も立ち上りながら、自分の分のコーヒー代を出し、着物のゆきたけから伸び伸びした腕がはみ出ているようなぶっきら棒ななかに、若い娘らしい袖口の色を動かして重吉に渡した。
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