け、重吉は自分の方から、出入口が見られる側に席をとった。
「御註文は――」
「君なに?」
「私コーヒー」
「じゃコーヒーを二つ」
「ツー、コーヒー」頭のはじに白い帽子をのっけたボーイが機械的に声をはりあげて呼んだ。はる子は重吉と顔を見合わせ、何ということなくにやりとした。
「ああこないだ話していた本ね――書翰集、一冊あったからまわしとく」
 それはローザがリープクネヒトの妻にあてて監禁生活の中から書いた手紙の集であった。初歩的な女の学生の間にそれは愛情と亢奮とをもって読みまわされていた。はる子が一冊持っているのは、綴が切れるほど手から手へうつっているが、それだけでは足りないのであった。ポケットから本屋の包紙に包んだのを出して、重吉はそれをテーブルの上に置いた。
「もし目に入ったら、君の方でも買っとくといいね。――あれも入ってるからそのつもりで」
「ええ」
 はる子は羽織の片肱をテーブルの上に深くかけ、片手でコーヒーをかきまわしている。そうしながら、桃色と白のカーネーションが活かっている花瓶のわきに置かれたその紙包を、短いような、さりとて決して淡白ではない眼差しでちらりと見た。
 重吉は
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