率直に並んで歩いている重吉に云った。
「東京へ来たら、きっとこういうことがあるだろうとずーっと思っていたんだから……」
当時左翼の波はひろく深く学生生活の内部へ滲透していた。はる子は兄の「戦旗」を女学校の上級で読んだ。意識をもって兄のために使いの役をした。塾へ来てから研究会の積極的な一員で、救援会と「戦旗」配布の活動を受持つようになったのであった。
はる子は、気象のあらわれた一種の早口で更に自分の云った言葉を補足した。
「勿論個人的な意味じゃなしに――わかるでしょう?」
そして、顎のふっくりくくれた、割に上瞼のくぼみめな顔を微かに赧らめて微笑した。その修飾のない言葉と笑顔とが、重吉の大きく緊った口元をもゆるめた。彼は、
「――よくわかるよ」
そう答えて、非常に印象的な笑顔をした。彼の一見いかつい眉つきを破って、内部に湛えられている情感的なものが輝いて流露する、そんな笑いであった。
はる子は、歩いている足はゆるめず黒地に赤をあしらったハンドバッグをあけ、小さく半紙にくるんだ金を出して、重吉に渡した。
「mの方は、まだあんまり大衆的に行かなかったんだけれど。――誌代はちゃんとあり
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