の黄色い仔猫が、日向ぼっこをしている自分の背中へとまった蠅を、びっくりした目で見かえっている陶器の置物があった。その蠅がいかにも精巧に本物らしいので小さい猫の驚きに実感がこもり、同時に本物なのかしらと思わず見直すところに、製作者の軽い笑いがかくされているらしい。その娘も、白粉をつけていない、真面目な顔つきに、瞬間おやという表情を浮べて、その蠅に注意をひかれた。
 この時、陳列棚のむこう側から、年に合わせては地味な縞背広を着た一人の背の高い青年が、やはり並べられている品物を眺める風でぶらりと現れ、娘が仔猫を眺めていると同じ棚の横手に佇んだ。
 硝子に映った人影で娘は顔をあげた。しかし、近づいた青年を別に見直すでもなくその棚の前をはなれ、今度は急がぬ歩調ながらどこへも立ち止らず出口の方へ向った。
 つづいて、その店の大きい紙包みを下げた女連れがゆき、あとから背広の青年もそこを出た。シーソー遊戯の玩具を売っている露店の前で娘はその青年と肩を並べ、二人はどちらからともなく新橋の方角へ動きだした。数間歩いて、一つの横通りを突切るとき、青年がはじめて口を切った。
「寄宿の方はいいのかね」
「土曜日
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