彼奴が不愉快だから、会わん」
「そんな大きい声を出して」
「聞えてもよろしい。俺は絶対に会わん。そういってくれ」
 その畳廊下からは、八つ手の花の一粒一粒が刺さるような白さで見え、暗くなりかかった植込越しに、隣の家の子が腰につけて部屋の中を馳けているらしい鈴の音も、聞きとれるのであった。

        三

 殆どこれと同じ時刻に、有楽町の駅を出た一団の人群にまじって、一人の若い女が朝日新聞社の横から、トラックをよけながら数寄屋橋の方へ出て来た。
 橋の上の広くもない歩道は、青や赤のゴム風船を片手に子供の手をひいてそろそろ歩いている夫婦ものや、真新しくそりかえった足袋に派手な草履をはいた若い女づれの一組などで日曜日らしく混雑している。
 日本服を着なれないぎごちなさで、白襟をきつく合わせているその娘は、大股に、すこし右肩をよけい振るような膝ののびた歩きつきで人通りの間を尾張町へ出た。そして、少し行って右側にある大きい文房具店へ入った。地階で、帳面を一冊とペン先とを買い、段々をのぼって、いろんな種類の舶来おもちゃが並べられている陳列棚を眺めはじめた。赤い頸飾りをちょこなんと結んだ一匹
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