、畳廊下のところに、中途半端な立姿で、羽織だけ着更えた瑛子が佇んでいる。隅の衣裳箪笥の戸をあけて、泰造がこちらへ細かい大島の背中を向け、中に吊ってあるモーニングの内ポケットから紙入れを出しかけているらしいのであったが、その手つきは焦立ったように動いているにかかわらず、いかにもしないでもいいことを手間どってしているような風である。瑛子が、声を低め、熱心に云っていた。
「だってあなた、そんなことは出来ませんよ、失礼じゃありませんか」
「いや失礼じゃない」
「これまで家庭的にやって来ているのに、今急に――」
 傍を通りぬけようとする宏子を、
「ちょいと、宏ちゃん」
 瑛子は、当惑と抑えた腹立ちと更に際立って一種のつややかさが動揺している仄白い顔の表情で宏子を呼びとめた。
「お父様にゃ困ってしまう。折角田沢さんが見えたのに、どうしても会わないっておっしゃるんだよ」
「…………」
 唐突ではあるし、その場の空気はただならないし、若い宏子には、何と云ってよいのか分らなかった。
「あなたのようにそういきなり感情的になったって――わけが分りゃしないじゃありませんか」
「訳はよく分ってるじゃないか。俺は
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