ころへ膝をついてとりついだ。
「奥様、ただいま築地の雄太郎さんがお見えになりましたが……」
「あなた」
瑛子が、いかつい声になって云った。
「雄太郎が来ましたそうですよ、この間っから云っている学費の明細書を、今度こそ出すようにおっしゃって下さい。ようございますか?」
そして、こっちへ向いたまま、
「日本間へ通して」
と云いつけた。
「ほんとにどこでもいろいろな身内の厄介がありましてねえ。――おうちなんかでもお世話でしょうねえ」
吉本は、きちんと坐ったままただ笑っている。程なく紅茶茶碗を一つだけ盆にのせ、お砂糖を、と入って来た。その茶碗を瑛子が見た。
「おや、レモン入れたのかい?」
不服そうに、居あわす者にきこえる位の声で云った。その場の皆の前にあるのはレモン入りの紅茶である。瑛子は顰蹙《ひんしゅく》した声で云った。
「レモンなんぞ入れないだってよかったのに――」
偶然、自分の茶碗からレモンの切を受皿へどけていた宏子は、茶碗の中を見たまま顎のところまであかくして、暫くは顔をあげなかった。
間に二人ほど泰造の事務的な来客があった。四時頃、宏子が腕時計を見ながら階段下を来かかると
前へ
次へ
全52ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング