−7−82]ス椅子から眺めた。
 自然に結びついていると云えば、宏子がいる塾の寄宿舎はそれこそ武蔵野の桑畑と雑木林の只中に埋っていた。然し、そこには、数百人の若い女の声々を頭のすぐ上では澄みわたって反響させ、すこし高くとおいところでは一種異様な手応えなさで吸い込んでしまう宏闊な空と、濃い液体のようなその辺一帯の空気をかき乱して軍用飛行機練習のプロペラの唸りがあるだけであった。震災後のバラック建てを本建築にするとき、東京市内の多くの専門程度の学校が地価の差額を利用して、府下の遠いところへ敷地を買いなおし移転した。宏子の塾もその一つであった。市内からもまわりの村からも隔離されて雑木林の中にある環境は、学生生活にとって様々の不利、経営者には便宜である不便に満ちているのであった。
 よそに行っていて不図わが家の情景が髣髴《ほうふつ》する、そんな鮮やかさで、西日を受け赤銅色に燃え立っている欅《けやき》の梢や校舎の白い正面。単調に、遠くからポッツリ人の姿を見せる田舎道の様子などが、宏子の心に甦った。裏庭では、さっきから順二郎が植木屋と喋っている声がしている。ほかに呼びようがないから、私のうち、と宏
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