て見れば人生なんて寂しいものだ。結局はひとりさ」
 袂から畳んだ懐紙をとり出し、瑛子は涙に濡れた眼をかわるがわるゆっくりと抑えた。天井からさす燈火の工合で、瑛子の手が動くたびに、右の中指から大きいダイヤモンドの、厚みのある、重い、焔のような紫っぽい閃きが発した。
 泰造は書斎へ去り、宏子は暗い険しい目付で、凝ッとその光を見つめていた。
 ダイヤモンドの冷たいギラギラした美しさも、母の言葉も、順二郎の柔和な訴えも、宏子には皆苦しいのであった。

        二

 雲のない真昼の空へ向って、真直午後のサイレンが鳴った。それに和して、あっちこっちでいろいろな音色を持ったボーが響きだした。今まで静かだった空と日光の中が一時賑やかのようになった。裏通りを、豆腐屋が急に活を入れられたラッパのふきかたをして通った。ちっとも風のない日であるが、それらの生活の音響に目を醒されでもしたように、突然庭の楓、樫、槇などの梢が軽くゆれ、銀杏の黄色い葉が、あとから、あとから垂直に下の黒い地面へ落ちて来た。
 大都会の真中で、瞬間の自然にあらわれたこの身ぶるいを宏子は興ふかくカン※[#濁点付き片仮名「ワ」、1
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