てになっていないのならいただきたいと考えております。伊東忠太氏が漫画をかかれます。練達とともに非常に或るテムペラメントの現れたものをかかれます。父が漫画めいたものを描いたとしたら、果してどんな線や色で、自身のあの政治的でない気質、淡白さ、ある子供っぽさのようなものを表現したでしょう。どのような題材を、どのようにとらえ、解釈したのでしたろう。まことに知りたいと思います。
 夏目漱石さんがロンドンにおられたのは、父よりも二三年前のことのようですが、その時分書かれたものをよむと、ロンドンの街で自転車の稽古をしたことが記されています。家の近所のダラダラ坂に人通りの少いのを見はからって、颯《さ》っと乗り出したはよいが、進むにつれて速度が加って、どうにも始末がつかなくなり、あわやという間に交通巡査に抱きついてしまった。六尺ゆたかなロンドンの巡査はニヤニヤしながら、悠々とした顔つきで大分骨が折れますね、と云った。というような意味の文章です。
 父のいた時分、やはり自転車流行の頃であったと見え、父も稽古をしてはよくひっくりかえったらしい様子です。子供のことで、お父様の自転車というと、すぐ、亀の尾をぶっ
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