しがっておりました。私に、折角ロンドンにいるのだから大英博物館だけは毎日でも行って見て置けと頻りにすすめました。特にギリシア室を見ろとも云い、美術的教養があるのでもない私も、或る親しさをもって見物しましたが、それには、また一つの思い出があったからでした。私が女学校の二年か三年で、英語のすこし長い文章がよめるようになった時、不敵にも教科書の英語でない、何かなかみ[#「なかみ」に傍点]も面白い英語の本がよみたくなりました。父のところには、とにかくそういう英語で、しかも絵入りのがあるので、何か欲しいとせがんだら一冊の紫紺色表紙の本を貸してくれました。「古代ギリシア彫刻家」という題で、父が云うには、これはためになる本だし、絵もあり、活字もパラリとしていて、書いたのは女の人だからお読みということです。
私は奮起して字引と首引き、帳面に自分でわかったと思う翻訳をしてゆくのですが、女学校ではピータア大帝が船大工の習業をしたというような話をよんでいるのですから、どうもデルフィの神殿だとか、破風だとか、柱頭《キャピタル》、フィディアス等々を克服するのは容易のわざでありません。女神の衣の襞がアテネの岸を
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