分の声も合せながらもう決して還ることのない自分の良人、息子、さては兄弟たちへの思いが今こそまざまざと甦って計らずこぼされる涙の意味を、どうして考えようとしないのだろう。ブロード・ウェイが祝祭の人出と歌と酔っぱらいとで赤くそして青く茄り、顫えているような一九一八年十一月十一日の夜、そのどよめきに漂って微かな身ぶるいを感じながら、私は食べ足りた人々の正義とか人道とかいう言葉に深い深い疑問を感じた。
 その時から十年とすこし経った。
 私は云うに云えない感想をもって、ロンドンのセント・ポールの大寺院の前に佇んでいた。大戦のときの無名戦士の記念碑には、煤でうすよごれた鳩たちの糞がかかっている。見上げるセント・ポールの正面の大石段の日向には上から下まで、失業した男たちがびっしりつまって、或るものは腰かけ或るものは横になり、あたりに散っている新聞の切れはしと一緒になって、それはまるで巨大な生活の屑山のような有様である。
 公園の草原では、若い女たちが二人三人とあちこちにかたまって、靴をぬいで昼飯をぬいた失職の体を暖めている。イギリスの公園と云えば世界に有名だけれども、ロンドンの東部の公園では、遊ん
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