時代と人々
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)巴里《パリ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)春のやおぼろ[#「春のやおぼろ」に傍点]は
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 わが師という響のなかには敬愛の思いがこもっていて、私としては忘られない一つの俤がそこに繁っている。
 千葉安良先生は、今どこで、どのように生活していらっしゃるだろう。
 二十余年も前、お茶の水の女学校の先生をして居られた、この一人の女性の名を知っている人の範囲はごく限られているだろうと思う。同僚の間で先生がどう見られていたかということなどは知らない。けれども、私の生涯のあの時代に、千葉先生が居られたということは、今日も猶一種の感動なしに思い出せないことである。
 女学校の三年目という年は、どんな女の子にとっても何か早春の嵐めいた不安な時期だと思うが、私のこの時分は暗澹としていた。
 丁度父は四十歳のなかば、母はそれより八つほど若くて、生活力の旺であった両親の生活は、なかなか波も風も高い日々であった。親たちはどちらかというと自分たちの生活に没頭していて、そのむき出しな率直な
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