自覚がなくて、自分たちの参政権さえも却って厄介がっている。参政権などよりも、やすい藷の方がよっぽど欲しいといっていると。
 けれども、果して、それが今日の現実であろうか。
 成程、新聞にあらわれた輿論調査などを見ると若い女性たちは、現在立候補している婦人候補者達に多くのことを期待しないとはっきり断言している。これは、寧ろ当然なことであると思う。少くとも、今日、潔白に、まともに日々を暮している人々は、現実の破局的な困難を痛感している。この歴史的難局を切りぬけるためには、各自の一票に極めて大きい責任がかかっていることを知っている。女のことを一番よく知っているのは女だから、という言葉の綾で生存の課題が解かれないことは、本能的に理解されているのである。女だから女へ、というような政治を思うよりは、幸、今日の日本の女性は現実に醒めているのである。
 家庭婦人たちが、参政権よりも藷を、というこころもちのうちに、しずかに入って行ってみれば、そこは決してただの無自覚といいきれない、「政治」への批判が言葉にいいあらわされないで澱んでいるのだと感じられる。これまでの「政治」は、私たち人民の眼にも届かないどこ
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