分の名も知らず、自分達の働きの意義も知らず、今昔物語に現われているように沢山の迷信や鬼の話や、人攫《ひとさら》いの話などのうちに耕作し、紡ぎ、織り、炊《かし》ぎして生活した。
 藤原時代は武家政治の時代に移った。政治の主権は藤原氏から足利に移りやがて織田信長の時代になって(西暦十六世紀)日本では、封建社会が確立される一歩をしるした。
 豊臣秀吉を経て、徳川家康から家光の時代に、日本の封建制度は全く動かないものとなり、明治に至ったのであった。
 武家時代、婦人の生活は全くその父兄達の、戦略の便宜に支配された。結婚はすっかり政略結婚になって、夫婦の情愛とか、母子の愛情は無慙《むざん》に蹂み躙《にじ》られた。兄や父親の政治的な利害に従って、いじらしい婦人達は、あの城主からこの城主へと、夫を換えさせられることが屡々《しばしば》珍しくなかったし、愛する男の子は敵方の血すじを保っているからと棄てさせられて、自分だけが実家の軍勢に囲まれた城から、甲斐なくも救い出されるという悲劇も頻出した。
 武家時代に完成された文学の一つの形に謡曲がある。謡曲文学の中には、何と生きるよろこびが反映していないだろう。
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