無限の女性の歎きと怨みとが、響いている。物狂《ものぐるい》の女主人公達は、総て何かの意味で挫折した愛情の故に狂う哀れな女人であるし、幽霊となって現われる女達は、みんなこの世では果されなかった衷心の希望に惹かれて、再びこの世にそれを訴えようとして現われた人達である。
面白いのは、この時代の貴族的な文学であった謡曲に対して、もっと庶民的な源泉をもって創られた狂言の存在していることである。狂言は、日本のユーモアの健全さ、大らかさ、生活力を示す貴重なものである。これらの狂言の中に出現する女は、謡曲の女主人公達の悲劇的な亡霊的存在と較べて、その感性、行動がいかにも現世的であり、腕白であり、時には晴れ晴れと亭主を尻にも敷いている。狂言の行中には、いつも少し魯鈍でお人よしな殿と、頓智と狡さと精力に満ちた太郎冠者と、相当やきもちの強い、時には腕力をも揮う殿の妻君とが現われて、短い、簡明な筋の運びのうちに腹からの笑いを誘い出している。
武家貴族の生活が婦人を愉しく又苦しい勤労から全く引き離して、しかも完全に政略の犠牲としていたのに反して、より政略の桎梏《しっこく》の少い下級武士や庶民生活の中では、女
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