閥と軍閥とは儲けこそしたが痛手というような痛切な経験は一つもしていない。折を見て、連合国側にちょいと参加して、南洋の旧ドイツ領の委任統治地を稼いだし、青島に日本名で町名をつけることに成功したりした。人民の生命に責任を感じない彼等は近代戦争の惨劇というものを根柢から理解していなかった。三十年四十年と後れた平面的な戦争技術と戦術と生産能力への無智、世界情勢への無判断のまま、この大戦争に突入した。世界的な理解を持っているために戦争参加を危うがった政治家、銀行家、その他は二・二六事件という暗殺事件によって、生命を奪われているのである。
 ところで、この頃よく、日本は強盗戦争をした、といわれる。それをきいたとき、私たちの心もちは、どうしてもそれをうけ入れかねる。自分たちは、一つも強盗戦争なんかしなかった、という反対の心持がする。ここが、非常に重大なところだと思う。本当に、私たち七千万人の日本の人民は「いくさ」をした者であったのだろうか。私共総てが、愧《は》ずべき戦争犯罪者であるのだろうか。この点は十分考えてみなければならない。なぜかといえば、これ程大きな犠牲と、これ程大きな社会生活の破壊を齎した
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