戦争を、いざ始めるという時、私達人民は当時の政府から民族の信仰的よりどころといわれる天皇から、どんな相談を受けただろう。どこに、どんな人民の大会が持たれたか。どの新聞が、世間の輿論を尋ねたか。真珠湾の攻撃が、十二月八日の朝突然発表されて、人々は驚いてアメリカとの戦争が始まったことを知った。全く不意打であった。人民としては、戦争をするのがよいとも、しないのがよいとも、アメリカが憎むべきか、憎むべきでないか、全然その判断にさえも招かれていない。全く侵略的な日本の支配者が独断で、人民に一言、一度の相談なく、天皇が宣戦詔勅を出して始めた戦争である。数百万の人が今度の戦争で命を失った。しかし、その人々は、言葉の正しい意味で自分達でした戦争で死んだのではなくて、不幸なその人達及び、私達人民一般は、させられた戦争に、理非をも云わせず引き出されたのであった。
 この事実を明瞭にしなければ、私達の今後の生活は、どんな新出発の足場をも見出すことが出来ないであろう。なぜなら、戦争の結果私共の日常生活はこのようにも破壊されている。特に婦人に取って、その生涯を託すべき処と明治以来教え込まれている家庭そのものが、
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