、モラトリアムになってさぞ暮し難かろうからと、男子並に引上げられるものと、想像する人があるだろうか。
手持現金は一人宛百円ずつ家族の頭数だけ新円に代えられるということで、隣組に登録されることとなった。このとき、私たちの周囲には、どんな現象が起っただろうか。六人家内の家庭で、旧円が使える間の生計費をさしひいたあと、現金で六百円並べてすぐ代えた人が多いか。それとも、人数を掛けただけの百円を揃えかねた人の方が多かったか。
一人宛百円ずつ預金を引出せるときくと、その金は、誰にでもあって、誰かがちゃんと私たちのために用意してでもいてくれそうな錯覚をもちかねない。けれども、現実に、預金が干上ってしまった赤字破局だからこそ、モラトリアムはしかれたのではなかっただろうか。一人百円ずつ引出せる、といわれても、引出す金はもう大体において尽きている。
こういう疑問にみたされながら、私共は従順に、十円札に小さい皮肉な膏薬のように貼紙をつけ、三月三日という暦をはぎとった。
旧券封鎖で、物価はどうなるかと、目をみはって来る日を迎えた。配給になった米は、今度から約三倍の値上りをした。町会費も、今月から三倍に
前へ
次へ
全111ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング