を描かせ、彼はそのために遠島の刑にあった。徳川時代の婦人達はやはり権謀術数の手段として、人間の女性としての本性を踏み躙った性的関係に置かれたのであった。
 ここでヨーロッパの封建時代の男女関係と、日本の封建時代のそれとを比較して見ることは興味があると思う。ヨーロッパの封建諸王の時代は中世の伝説に現われている通り、アーサー王やランスロットの物語によって伝えられているような騎士気質が支配していた。騎士時代のヨーロッパ女性の生活は、本質においてはやっぱり無権力なもので、夫や兄の命令は絶対であった。そこから美しい悲しいロマンスが生れている。女の自主性というものがどんなに無視され、また警戒されていたかということは次の興味ある物語でも知られる。
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 騎士の一人にガラハートという勇士があった。或る時森で悪魔的な巨人に出合った。そして難題をかけられた。その難題というのは「女が一番この世で欲しがっているものは何か」ということで、その答を日限までに持って来なければ果し合いをするという条件であった。ガラハートは当惑してあちらこちらと彷徨《さまよ》った。女が一番欲しいというのは何であろう。大金持の夫であろうか。それとも無類に美しい容貌の夫であろうか。或はやさしく真実な騎士の愛情であろうか。とつおいつしながらまた別の森に来かかった。すると樹の間から赤い着物を着て、恐ろしい顔をした一人の女が出て来た。そしてガラハートに呼びかけた。
「ガラハートよ。あなたはなぜそんなに沈んだ顔をしていますか、日頃の雄々しいあなたにも似合わない」
 ガラハートは親切な言葉を感謝して、自分のぶつかっている困難を打ち明けた。
「どうも困りました。いくら考えても私には見当がつかない。若しお智慧を拝借出来たら大変仕合せです」
 すると、赤い着物の恐ろしい女は答えた。
「心配なさらないでようございますよガラハート、私はあなたの武勇を崇拝しているから、答を与えて上げましょう。女がこの世で一番欲しいと思っているものは『独立』です」
 そういって女の姿は消えた。
 日限が来た時ガラハートは勇んで例の森へ出かけた。巨人は恐ろしい武器をひっさげて待ち構えている。破鐘のような声を出して呼びかけた。
「やい、ガラハート、難題はどうした。とても返事は出来なかろう。お前の命も今日きりだぞ」
 ガラハートは落着いて「まあ
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