想を抽出し、評価することは出来ない。このように考えられた作品の思想は、作品の骨組みである構成において示される。」
 こういう部分は実に面白いと思う。そして本当のことが観察されている。作品の構成が、通俗的なストーリイとしてではなく、「大きな世界をその詳細な見取図において取り扱う」筋として、「人間関係を表示する行為が、決定的に重要な意義をもって来る」ものとして会得した上で、今日流布している長篇小説のあれこれの内部にふれて思い到るとき、そこではどんなに屡々所謂事件の運びが文学本来の人間追求としての筋に代えられていたり、問題の説明としてだけ人間が動かされていたりしているかが理解される。読者としての私たちの胸に、絶えざる満ち足りなさののこされるわけも、うなずかれようというものではないか。
 このことは、作者[#「作者」に傍点]と作品[#「作品」に傍点]と、作品がそこから創り出されて来る現実[#「現実」に傍点]との三角関係のありようにもかかわって来ることが、「現代文学の非恒常性」のなかで、興味ふかく語られている。先ず、作品と作者との関係は、作者の主観的な意欲や創作熱意だけで解決する簡単なものではな
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