五年生だったとき、一人の同級生が、ある日きれいに薄化粧して来た。朝の第一時間がはじまったとき、担当の年をとった女先生から、その顔をすぐ洗って来るようにと命ぜられた。その一人が教室に戻って来るまで授業ははじめられず、みんな着席したまま固唾をのんで待っていた。やがて涙も一緒に水道の水でごしごしこすった顔を因幡の兎のように赤むけに光らして、しんから切なさそうにそのひとが席へ帰って来たとき、三十二人の全級はどういう感じにうたれたろう。こわさと一緒に惨酷さがわたしの体をふるわせた。
こういう忘れられない情景が、さながらに描き出されたとき、そこに奇妙な現象がおこった。客観的に描かれてみれば誰の目にも、そういう命令の与えかたのむごさ[#「むごさ」に傍点]ははっきりしたのだけれども、そのむごさ[#「むごさ」に傍点]が鮮明に感銘されればされるほど、そういうものを書くのは忘恩的だという判断が、わたしに向けられた。そんなにその頃は、絶対性が卒業生の気分を支配していたのだった。
その上、わたしの不運は、同級生のなかに仕事をもってそれで生きて行こうとしている友達が殆ど一人もなかったことからも起った。自分で
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