選んだ結婚をして、数年後、その生活が破れた。このことも友達たちの生活と一つ調子に進行しなかった。もっと都合のわるかったことは、日本に治安維持法という法律がつい先頃まであったことだった。治安維持法が非人間な悪法であるということを理解しなかった人たちにとっては、自分の学校の卒業生が女のくせに、そういう法律にとがめられて入獄するというようなことは、恥辱のことと思われたのだろう。いまは、それらの人たちも「愛情は降る星の如く」に対して、けがらわしい死刑囚の書簡集だとは云うまいけれども。
 いくつかのこういう事情がたたまって、わたしは学校と疎遠になっていたのだった。それを別のひろい表現で云えば、旧い日本の上流中流の生活を支配していた常識の狭さや無智にされているままの偏見との間に、そんなに永年の摩擦があったのであった。
 きょう、こういう文章をかいていて、わたしは、常識の内容のうつりかわりについて、愕くほどの心持がある。いま、わたしの書いたものが学校の雑誌にのるのも、きょうの常識がそれをうけ入れているからである。かつて卒業生一同の穢点と考えられたのも、その非条理そのものが常識の一部分であったからこそ
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