勉強はそこにまで到っていない。その点については読者の寛恕を乞わなければならない次第であると思っている。ただ、最近「新万葉集」の選定が完結し、既に第一巻は出版されていることに一言ふれたい。「新万葉集」の選定されるに到った動機には、同質ならざる二様の意図が作用していたと思われる。一つは、明治・大正・昭和に亙る聖代に日本古来の文学的様式である和歌の歩んで来た成果を収めて、今日の記念とする意味であり、他方には純粋に歌壇の歴史的概括としての集成の事業である。
 この「新万葉集」のために歌稿をよせた作者の数は一万八千人であった。合計三十七万五千首という尨大な数の中から、十人の現歌壇人の選者によって、選がされた。選者の一人である窪田空穂氏の選後の感想には、今日の文学の問題として様々の意味から深い感興をよびおこすものがある。
 第一に選者をおどろかしたのは、和歌というものに反映している生活様相と心境との複雑さと、そのことに於て光彩を放っている作品の多さであった。
 歌材の上から見ても、第一に多いのは社会人としての意識の下に詠まれたのが多く、大体それぞれ職業を通じて、そのことにふれている。職業の第一位は
前へ 次へ
全89ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング