にしろ、そのような意志の自主的な発動に対する能動的要求は、今日の文学にどのように在り得ているであろうか。
 本年度の特徴は、一方に素朴な形で文学の政論化が行われ、他の一方で、その政治的な傾向を回避する作品、理論が発生したことにある点は先に触れた。人間の精神の能動的な発動を希望する作家が今日現実に当面している困難の大さは、一朝一夕の解決を不可能と感じさせるものがある。暗く厚い壁にぶつかって撥《は》ねかえった文学の姿において、深田久彌氏の「鎌倉夫人」があり、阿部知二氏の「幸福」があり、石坂洋次郎氏「若い人」、舟橋聖一、伊藤整等の諸氏の作品がある。いずれもこれ等の作品は素材の広汎さ、行動性、溌溂さを求めている作者の意企がうかがわれるにもかかわらず、共通にそれらの作品の現実をつきつめて見ると作者の心の中でつくられまとめ上げられているものであるという実際は、深い示唆を含んでいると思う。この心につくられまとめられた世界とかげにいる作者との相互関係が又極めて単純ではない。主観的に現実の一部を形づくったことは、往年プロレタリア文学の創作過程にもあって、それはきびしい現実からの批判を経た。この時代の作者
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