社」「流木」等、調べた材料によって客観的な小説を書きはじめたことは注目をひいた。石川達三氏「日蔭の村」も或る報告文学の試みとして注意をあつめた。
 本年七月蘆溝橋の事件に端を発した日支事変は、秋以後、前線に赴いてのルポルタージュとして、文学に直接反映をもって来た。林房雄、尾崎士郎、榊山潤の諸作家が前線近く赴いて、故国へ送ったルポルタージュ、小説の類は、文学の問題として、ルポルタージュの性質を再び考え直させると共に、文学を生む人間経験の諸相について、作家を真面目に考えさせるものがあった。文学の現実の豊饒は、決して政論的に抽出された数箇の合言葉ではもたらされないという教訓深い事実である。
 日独協定が行われて略《ほぼ》一ヵ年を経た本年下四期に日伊協定が結ばれ、南京陥落の大提灯行列は、大本営治下の各地をねり歩いた。十二月二十四日開催の第七十三議会に先立つこと九日の十五日に日本無産党・全評を中心として全国数百人の治維法違反容疑者の検挙が行われ、議会に席を有する加藤勘十、黒田寿男氏等は何日も経ず起訴された。被検挙者中には、大森義太郎、向坂逸郎、猪俣津南雄、山川均、荒畑寒村等の諸氏がある。末次内務
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