い。」とする保田与重郎、亀井勝一郎等の諸氏を中心に「日本浪曼派」にかたまった。林房雄氏は陳腐なリアリズム否定論者として浪曼主義に賛成し、新感覚派の時代から自然主義的、現実主義的文学方法に絶えざる反撥をつづけて来た横光利一、川端康成、佐藤春夫その他、市井談議一般に倦怠し、同時にリアリズムを更に高めゆく歴史的努力への根気をも失いつつ時世の荒さにもまれている多くの作家が、この「日本浪曼派」の旗にひきつけられた。
 浪曼派の主張は、その名にふさわしいロマンティックな張りと文章の綾と快き吐息までを添えて、途方にくれた心の多くの面を撫でたのであったが、青年のニヒリズムを超剋しようとして自我と主観の飛躍を期したこの声も、ロマンチシズムすべてに同情を示し、ロマンチシズムの方向の選択はなかった。そのことも当時の能動精神の性質と同じ地盤に立つにとどまったのである。
 日本浪曼派の提唱につづいて、純粋小説論が、人々の耳目にのぼった。これは、横光利一氏の発言として現れた。横光氏は、日本の近代小説の発達に昔の物語の伝統と日記、随筆の伝統とが別々に成長して来ていると見た。「物語を書くことこそ文学だとして来て迷わな
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