u談社、第一公論社、主婦之友社、旺文社、家の光協会、日本社、山海堂の七社を指名し、社内民主化への条件を示し謹慎の条項が示された。第二次に他の十二社が審議されていた時に講談社、主婦之友社、旺文社、博文館が中心になって日本自由出版協会を組織した。顕著な戦犯出版業者をかりあつめ、従って巨大な資本をもつ自由出版協会は、次第に深刻になる用紙不足の事情に対して金に物をいわせた用紙獲得を行った。同時に旧情報局関係者、内務省関係者の協力を得て出版の民主化阻止の方向に活躍した。これらの行動は日本の出版民主化への方向と対立し、その後用紙融通の魅力によって八十数社を加えている。この自由出版協会が組織され主な戦犯出版社が金力をもってその中心勢力となっていることは日本民主化の途上における一大注目事である。四六年十一月に発表された言論界追放B項該当者および四七年六月に指名をされた二二五社の中に多くの自由出版協会のメムバーをもっている。形式的な責任者の追放や機構の改正などが行われたにしろ、本質的な傾向において民主的になっていない出版社の方が多い。
例えば日本の代表的な綜合雑誌の一つとして数えられるある社では、編集者が社内の民主化と編集の改善を要求したとき、社長は経営者である自身に編集権があるということを主張して編集者の権能を制限した。ところがその社長が言論界追放の該当者に指名されたとき、社長はその編集上の責任を回避して会計関係の責任者をもって身代りにした事実がある。その社長は経営者に編集権があるということを主張する場合には、インボデン少佐の解釈によるものだということを自分の主張につけ加えるのを忘れなかった。
用紙の不足は四六年下半期において割当用紙さえも配給難におちいった。用紙のヤミ取引は公然化した。講談社を含む一部の出版業者は石炭その他の生産資材を製紙業者に提供して用紙を買う物交手段に訴えるようになった。この方法は無制限に紙のヤミ値をつりあげ、非民主的な出版を拡大することになって各方面からきびしく批判されはじめた。極端な物交によって用紙配給のシステムを乱した出版社からは刑事上の責任者を出した。
用紙の危機は、用紙割当の業務を、従来の担当者であった商工省から内閣に移管するモメントとしてとらえられた。その理由は、用紙を生産品としてだけみて商工省に割当をまかせることは不適当である、用紙は文化資材であるから内閣が直接割当てるべきであるという見解である。用紙割当の内閣移管についても旧情報局関係者の活動があった。自由出版協会も積極的であった。長年の言論出版統制に苦しんできた日本の各界は、用紙割当の内閣移管は、政府の言論出版統制に具体的根拠を与えるものとしてつよく反対した。けれども一九四六年にこの提案は実現した。出版協会の公的存在を認めることと、言論出版の自由を認めることを条件としている。この結果出版社のあるものは、内閣用紙割当委員会にだけ割当申請を出している。内閣の用紙割当委員会が最近の選挙において、過去の業績において文化的価値の認められにくい出版社の多くを委員としたことは、将来内閣がどの程度まで出版の自由に関する公約を実現しうるかという観点から注目されている。
一九四七年二月用紙入手のための物交が禁止されてから雑誌の大多数が休刊した。用紙割当委員会はこの状況を改善するために次のような声明を発表した。(一)割当外の用紙使用禁止。(二)割当は文化的価値判断を基礎として厳選による。(三)新しい雑誌の創刊および全集や講義録のような長期出版物への割当中止。
各雑誌が一様に六十四頁に限定された。しかし書籍出版の部面では粗悪な仙花紙の使用がますます多くなっている。仙花紙は統制外品である。
日本の出版業は一つの特徴をもっている。それは、極めて小資本の出版社が群立していることである。この現象は日本の資本主義経済の弱体を反映している。出版は自身の設備を所有しないでよいこと、使用人を多く必要としないことなどによって、軍需産業で小資本家となった連中が出版事業に流れこんだ。彼等は文化的責任を知らない。民衆の文化水準の低さと文筆家のインフレーションによる生活苦との間に、ブローカー的に存在して彼等の利潤を追っている。日本の小銀行の多かったこと、小新聞の多いこと、小売商の多すぎることなどと共通の現象である。
3 雑誌
用紙の最悪な事情にかかわらず一九四六年以来雑誌の企画申請は増大する一方であり、一九四七年末には三、〇〇〇種となっている。実際に割当をうけるものは一、八〇〇種に抑えられている。これに対して三百万ポンドが配給されている。しかし売れ行の多い雑誌社では仙花紙を使って発行部数の不足を補っている。
定価 印刷費、用紙の値上げその他物価の高騰につれて雑誌の定価も上昇をつづけた。一九四六年九月五円程度のものが四七年五月頃には十五円から二十五円になった。定価は大たいここでおさまっている。しかし六四頁といううすさを考えれば日本の雑誌の実価は非常に高い。
傾向 一九四五年八月以後戦時中緘口令をしかれていた綜合雑誌が急速に創刊、再刊された。民主的立場を明らかにした諸雑誌の他に共産党は理論機関紙として『前衛』を創刊し、社会党は『社会思潮』を発刊した。
『新生』という雑誌がもっとも早く創刊されたが、この雑誌の特徴は評論面においてはにわかに忙しくなった民主主義の諸問題について編集しながら、文芸欄では永井荷風などの作品をのせ、伝統的な老大家の名声とその作品の万人向きなエロティシズムで広汎な読者を誘い寄せた。このような編集ぶりはその後一年以上つづいて営利的な雑誌業者の利用するところであった。同時に娯楽雑誌という名目で卑猥な内容を中心とする赤本雑誌が横行した。戦争中あまり人間性を否定された反動として出版物に現われた官能的な娯楽への傾向は、高まるインフレーションと生活不安と戦争による家庭崩壊とによって、ヤミ屋と街の女と浮浪児とが増大する率に正比例した。
綜合雑誌は日本の民主化の複雑な曲折につれて、次第に自由活溌な政治、経済、国際問題のとりあつかいをせばめられてきている。それに比べて娯楽、婦人、文芸雑誌は多すぎる。太平洋戦争中その雑誌の一頁毎に「米鬼を殺せ」と印刷していた『主婦之友』が今日でも婦人雑誌の第一位を占めている。『働く婦人』、『婦人』、『女性改造』などはそれぞれ特色をもった進歩的編集をしているが、他のどっさりの婦人雑誌はどれもこれも似たような内容である。言い合せたように現実には用布もなければそれを着こなす肉体も場面もないような外国のモードをのせている。
出版協会の文化委員会および有識人の多くはこのような婦人雑誌の氾濫を婦人に対する悪資本の文化的搾取とみている。
学術雑誌は営利を目的としないために用紙面でつねに困難に面している。数も少く発行部数も少く発行もおくれがちである。
技術指導雑誌は有益なものは『科学と技術』そのほか一、二種にすぎない。農村のために直接役立つ雑誌も少い。戦争に協力した「家の光」社がこの隙間を縫って三種類の雑誌をだしている。講談社が従来通り幾種類もの低級な大衆、婦人、子供の雑誌を出しつづけていることも日本の民主化の欺瞞性を表している。最近では一応民主的らしい編集をしながらトップの記事に天皇や皇太子の日常生活を大きく取扱って、戦時中の「国体護持精神」のヴァリエイションを流布させている『民衆大学』や『世界少年』のような雑誌もある。『民衆大学』は、ある種の編集方法において一つの典型を示している。この編集者は非常に多くリーダーズ・ダイジェストから学ぼうとしているらしく見受けられる。この雑誌は、四七年十一月号ではエマソンの自由と独立に関する言葉を巻頭言にひいて、民主主義を題目として編集をしている。翌月号は「天皇陛下の御日常」というトップ記事をのせ、その次の号には、三笠宮崇仁親王と閑院春仁氏の対談「皇室と国民を語る」をのせている。同時に、この号にはローザ・アイケルバーガーの『人民が、人民による、人民のために』という著書からの抜萃をのせている。
少年少女のための雑誌としては概して、幼年向きのものの方が、幾分注意ぶかく編輯されているが、初等中学程度の少年雑誌はおどろくようにその場かぎりの編輯が多い。全般からみて大人の雑誌がそうであるように子供の雑誌も日本の民主化の方向と保守的・封建的な要素とが一冊の雑誌の中でかち合っている。近代の軍事的物語はのせられないでも、日本の「武士」の物語がルパンばりの探偵小説や無意味な漫画といりまじっている。子供のための科学雑誌には『子供の科学』などがある。
雑誌の輸出 日本からホノルル、ソルト・レークなどにいる在米邦人を対象として十九点約五千冊の輸出が正式許可された。十九点のうち『主婦之友』や『婦人倶楽部』、『苦楽』、『キング』等のもと戦犯出版社であり現在保守的編集方向をもっている雑誌が多く選ばれていることは在米邦人の文化水準を示すものとして注目されている。
日本で発行されている外国雑誌は大体次の通りである。
タイム(極東海外版――英語)、ニューズ・ウイーク(パシフィック・エディション――英語)、ライフ、リーダーズ・ダイジェスト(日本語版)、ポピュラー・サイエンス(日本語版)、民主朝鮮(日本語)
4 書籍
一九四五年以後、言論と出版に対する制限の緩和によって書籍出版はおびただしい数にのぼった。四六年一年間の書籍出版用紙割当は一千九百万ポンドであったが、実際に使用された出版用紙は一億三千万ポンドにのぼっている。インフレーションのために起った異常な購買力がこれらの書籍を消化したのであったが、四七年夏千八百円ベース決定以後購買力は著しく低下した。一九四八年に入ってはますます悪化する経済事情とともに書籍の消費量は減り、出版社の淘汰と書籍の淘汰とが起っている。
現在日本がおかれている国際的・国内的事情の厳粛さを思う人は日本の書籍出版において文芸ものが第一位を占めていることについて関心をひかれている。文芸ものも、すでに一定の読者を獲得している大家の作品集や戦災で紙型の焼けなかったドストエフスキイやジイド、ツルゲーネフなどの翻訳が重版されていることに注目される。さもなければ戦後の社会的疾病としてあらわれたエロティシズムの作品などが多くの部数を発行されている。書籍出版のこのような不健全な状態は識者の間に問題となっていたが、一九四七年毎日新聞社主催で出版向上のための出版文化賞の選定がされた。一九四七年度毎日文化賞として左の書籍の著者及び出版社が受賞した。
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受賞図書 著者 出版元[#「受賞図書」「著者」「出版元」はゴシック体]
入会の研究 戒能通孝 日本評論社
近代欧洲経済史序説 大塚久雄 日本評論社
懺悔道としての哲学 田辺元 岩波書店
気胸と成形 宮本忍 真善美社
(ゴム弾性)
久保亮五
(液体理論)
物理学集書 戸田盛和 河出書房
(既刊三冊) (真空管の物理)
小島昌治
風知草 宮本百合子 文芸春秋新社
播州平野 宮本百合子 河出書房
細雪 谷崎潤一郎 中央公論社
大和絵史論 小林太市郎 全国書房
自叙伝 河上肇 世界評論社
みんなも科学を 緒方富雄 朝日新聞社
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教科書の不足は重大な問題である。国定教科書から上る利益は無責任な単行本出版から上る利益よりも遙かに低い。用紙と印刷工程の値上りと文部省の教科書関係の官吏がそれとなく期待している利益の率を合算すると教科書出版は儲けが少い。この事実のために日本の子供たちは新しい六・三制のもとで一九四七年の春には到る所で教科書な
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