めいめいの感想を述べるとすると、その点、私たちの生活の文化は、満足なほど率直ではないのが今日の実際だと思う。明日の事がよく見とおせるだけ、事態は明瞭だとは云い難い。
しかし、健全な文化、明るく朗らかな生活ということは到るところに云われていて、私たちは心からそのような文化の誕生を期待し、歓迎し、その誕生のために努力を惜まない気持でいるのだと思う。
たとえば頻りに云われている健全な文化ということは、どういうことをさすのだろうか。文化そのものの本質は成長の方向、進歩の方向を持つ筈のものだという意味からみて、文化の健全性はどういうところに見るべきなのだろう。
私たちの身近に今行われていることから実例をとって考える。昨今の工場では労務課がいろいろ苦心して講習会をやるが、その一つで詩吟の会だの剣舞の会だのというのがある。この間或る婦人雑誌で、百貨店の婦人店員たちが仕舞の稽古をしている写真も見た。
詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえない近代日本の社会の出生を待つ時期の感懐
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