を吐露するてだてとして流行したものであった。その時分には、漢文が武士階級の男子の教養の基本であった。しかも政治の激動期に、朱子学が或る役割を持っていたことなどから、漢詩が伝統の文学の形式から、直接の日常の感情表現の手段となって行った。明治維新というものがその一面に下級武士の大きい力のあらわれをもっているという事実が、こういう点にも見られるのである。従って詩吟という一つの朗吟法が持っているメロディーは非常に緊迫した悲愴の味であり、テムポから云えば当然昔の武士が腰に大小を挾み、袴の裾をさばきながら、体を左右に大きく振り頭を擡《もた》げてゆっくり歩きながら吟じられるように出来ている。詩吟とはそういう性質のものなのである。
 今日の最新技術を駆使して高度に合理化されている重工業工場の生活が、そこで働いている優秀な勤労者たちの精神と肉体とに求めているテムポとリズムとは、どういうものであろうか。現代の科学の能力を最大限に発揮して刻々に活動している機械の速力、能率、音響、あらゆるものが、その機械を支配し操って働く者に、精神と肉体の極めて節約整理された敏速さと合理性とを求めており、それが可能な一定の近
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