を消した。ナポレオンと同じコルシカ島のアジャチオ生れのこの敏腕な香水屋が、世界の香水界を支配する実業界の王者となったとき、彼は香水の瓶の形を工夫していることだけには満足しなくなって権力をいじりたくなった。新聞を買収してレオン・ドーデと似たようなことを考え、行った。そして、巴里のムーラン・ルージュの黒人の踊子のジョセフィン・ベイカアを寵愛して、ジョセフィン・ベイカアと云えば、コティの白粉を知っているぐらいの日本の人は知らない者はない世界のレビューの舞姫にした。やがてコティも運命が来て死んだ。ジョセフィン・ベイカアはアメリカへ戻った。コティをうしろだてにしていた彼女がムーランの舞台や楽屋でふれた人々は、彼女の黒い皮膚を美しいとほめこそすれ、その肌の色のために彼女に出入り出来なくさせた宴会場はなかったろう。
 アメリカへ戻れば、アメリカには黒人が一つの社会問題として存在している。そして、この間翻訳された「話しかける彼等」という興味ある小説の中で二十二歳の婦人作家カースン・マックカラーズが描き出しているような惨澹たる生を負っている。ジョセフィン・ベイカア一人、コティの翼にのって一度は栄華の空を
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